秋元美世先生「社会福祉における支援とオートノミーと自由の保障」

博士後期課程 髙西圭太

 

 2025年度の学術講演会として、東洋大学名誉教授の秋元美世先生にご講演いただきました。秋元先生は都立大法学部のご出身で、講演前には八雲時代の都立大――社会福祉学科が開設される前夜!――についてもお伺いすることができました。私は世代的に南大沢移転後当初からいらっしゃった先生方にもお世話になる機会もあり、移転直前のお話をぼんやりと聞いたことはあったのですが、改めて秋元先生に星野ゼミでのことなどお聞かせいただくと長い時間の中で社会福祉学科が形づくられていったのを感じます。
 さて、ご講演は「社会福祉における支援とオートノミーと自由の保障」というものでした。社会保障法学の深く抽象的なお話を聞くことができました。そのすべての要約は私の手にはあまるものなので、ここでは印象に残ったことだけ。「目的の共有」というのがキーワードとして出てきたように思います。仮に「支援する人/人たち」と「支援される人/人たち」というのを想定したとして、両者の間で「支援」の目的やその方法を共有していくことが大事なのだというお話だったのかなと思います。「支援」それ自体も様々な考え方があるのかと思います。「問題」と想定されたことが「支援される人/人たち」に及ぼす影響に対して介入することであったり、あるいは日々の見守りの中で「支援される人/人たち」の「課題」を発見し、適切な「社会資源」へと繋いでいくことであったり。いずれにしても「支援する人/人たち」と「支援される人/人たち」の間で「支援」を必要とする「課題」が何であり、その「課題」の「解決」に向けてどのような取り組みを行っていくのかを「共有」することが大事というお話だったのかなと思います。
 「共有」といってもそれは簡単なことではないかと思います。仮にここで「共有」を、言葉を使ってあることについて同じことを思い描いていく、ぐらいのこととしておきましょう。この、言葉を使って、という点について。私たちは日々まさに言葉を使って意思の疎通を図っている、あるいは、図ろうとしているかと思いますが、その際だって「あれ、嚙み合ってないな……」「そうじゃないんだけど……」などと感じることは多々あるかと思います(私だけですかね?笑) そして恐ろしいのはこれはどれだけ言葉を積み重ねても叶わないこともあるかもしれないということです。以前雑学的に翻訳についてのある話を聞いたことがあります。例えば日本語以外の言語で「犬」を指しているとされる言葉が本当に日本語でいう「犬」と同じものを指しているかは検証することはできないという話だったと思います。学術的に裏付けのある話だったのかもしれませんが私のは又聞きの与太話。でも、あれ、これって同じ言語を使っているもの同士でもそうなのかもしれないないなんて考えて一瞬背中がヒヤッとした経験があります。だって自分が言っていることと相手が言っていることっていつも一致しているんですかね。そしてそういうのは確かめられるんでしょうか。もしかして全然違うことを言っているのに勝手に周囲の物事がぐるぐる回っているだけかもしれません。
 まして「支援」についての共有。「支援される人/人たち」の抱える「課題」はその内容から困難の程度まで様々なものがあるかと思います。日々「支援」の現場で働かれていたり「支援」の実態について研究されていたりするとその点うなずいてもらえるところがあるのではないでしょうか。そうするときっとその「共有」も一筋縄ではいかない。しかし講演を聞いた後の私の中の私が言います。案ずることなかれ! そんな時はボート競技のことを思い出してみればいい! つまりこういうことです。支援に向けての「目的の共有」なんて簡単にできることではないし、そのためにこうすればよいなんて明確な答えはないかもしれない。でもそこにたどり着くためにいっぱい頭を使うことはできる! 私は理論研究なんてものをやっているせいでしょうか、そんな少し頭でっかちなことを考えてしまいます。「支援」にもっと近いところで活躍されている方でひっかかるところがある場合はご容赦を。しかし、でも、秋元先生のご講演を聞いていて私はそんな風に思うのです。先生はご講演の中でたくさんの概念を定義したり区別したりしてくださいました。タイトルにもある「自律(オートノミー)」の定義はもちろん、「有効な自由/機会を持てる自由」と「プロセスの自由」、「目的意図」と「行為意図」等の概念の区別も教えてくださいました。前述のボート競技の話もまさにそうです。「目的意図」と「行為意図」の区別を踏まえた上で、舵手と漕ぎ手の間で「目的の共有」がなされた「共同行為としてのボード競技」がいかに成り立っていくのかをご説明してくださいました。それを「支援」の現場で実践していくことはまた別の難しさのあることだと思います。しかしこうやって物事をきちんと定義して思考を積み上げていくと、私の感じたような背中の冷やりとした感覚にもほんのり明かりが灯ってくる! そんな気持ちになりはしないでしょうか。
 なんだかふわふわとした、感想、が続いてしまいました。しかし実際のご講演では自律の尊重が問題になるケースを区分していくなどより明確な説明をしていただきました。またコメンテーターを務めていただいた圷先生にはご講演の内容の背後や周囲にある思想的な広がりを教えていただいたかと思います。時間は限られていましたがお二人の議論のやり取りには熱いものを感じました。残りの時間では在学中の大学院生たちからの質疑にも答えていただき、社会福祉を研究していく上で最も難しいテーマの一つとも言っていいような「支援」と「自律」の関係について各人思考のまな板の上で包丁を入れていく手さばきを体感できる機会になったのではないかと思います。貴重な時間をありがとうございました。